「マニュアル制作」関連コラム

マニュアルからナビゲーションへ

読み手の2つの姿勢

Webマニュアルの解析を続けていくと、読み手について2つのことに気がつきます。

ひとつは、読み手ができるだけ簡易な方法で問題を解決しようとすることであり、もうひとつは、読み手が問題の原因を自ら想定し、マニュアル記載の手段でその原因を取り除こうとすることです。

前者は「とにかく製品やサービスについての知識はいらないから問題を解決してくれさえすれば良い」という姿勢であり、後者は「自らの頭の中にある知識やイメージから推測し実行する」という姿勢です。

マニュアルは読み手に「理解」を求めている?

紙や画面など、どのような形式で与えられたとしても、「読み手にある一定程度の理解を求めること」、取扱説明書やマニュアルは、これを前提に作成されます。これは、紙面サイズやページ数という物理的制約による要請のひとつとも言えます。

しかし、読み手は必ずしもこの前提を受容しているわけではないですし、受け入れたとしても適切に理解できるとも限りません。

もちろん、理解できない原因が、取扱説明書やマニュアルのできの悪さにある場合も多々あるでしょう。

しかし、そもそも読み手が求めてもいない理解を押し付けることが、取扱説明書やマニュアルの本来の役割とも思えません。

読み手のニーズはより多様で、「理解したくない」から「理解したい」に至るまで、個人個人の思惑自体もそうですが、それもときと場合により異なっているのが普通です。

こうした状況に応えられるただひとつの方法というものを考えること自体が不毛なのではないでしょうか?

マニュアルの本来の役割は、製品やサービスを適切に使用していただくことであり、製品やサービスを理解してもらうのは、説明を容易にするためのひとつの手段に過ぎないと考えるべきではないでしょうか?

理解を求めないマニュアル=ナビゲーション型マニュアル

自動車に乗るのにエンジンや駆動系制御システムの原理を知る必要がないように、自動車に乗るのに「自動車の操作方法を知る必要がない」時代が到来しつつあります。

同じように、製品やサービスでも、それ自体の原理や操作方法を知らないままで使用できる状況が強く求められるようになると思います。

Webマニュアルでは、製品やサービスについて、読み手が望まない理解、読み手が誤ったイメージを持ちやすい場所をWeb解析を通じて指摘することができます。そのような対象に対して、工夫に工夫を重ねてより適切な説明を練り上げることもできますし、そこに起因するすべての問題事象を先回りし、そのすべての解決方法をトラブルシューティングとして提示することもできます。

しかし、現在読み手に最も好まれる形式は、前提知識を必要とせず、さらにいかなる理解も求めずに、解決への道筋としての手順のみを淡々と伝えるだけのナビゲーション型の手続きなのです。

ナビゲーション型マニュアルの困難さ

前提知識なしで淡々と手順を示す、一見すると、これは今のマニュアルでも実現できているのではないか、と思われます。

実際、購入直後の初期設定では、極端に言えば、文言なしのイラストのみでも、設定を遂行させることもできます。

しかし、これは、購入直後という特別な状況だからこそ可能なのです。

多くの読み手が取扱説明書やマニュアルを頼るのは、使用中に困難を抱えたとき、何か他のことをやりたいときであることに注目する必要があります。

使用中の製品やサービスが置かれた状態、読み手の状況、これらを事前に想定した上で、問題を明確化し正しい解決策を理解なしの手順のみで提示することは決して容易ではありません。

それは、取扱説明書やマニュアルに書かれているすべての情報、およびそれらの相互関係を完全に把握し、さらに、WebマニュアルのWeb解析ツールによる分析結果などを徹底的に突き合わせることでしか得られません。

単純に、初期設定マニュアルのスタイルを真似て、文言を削除したり、デザイン的工夫を充填させても、読み手にただただ新しい混乱をもたらすだけなのです。

AI時代の製品・サービスに求められる「マニュアル」要素

取扱説明書やマニュアルの主役の位置にあった「使いかた」のような説明的文章、原理や機能についての理解を求めるような説明的文章は、ほぼ不必要になり、どうすれば問題を解決できるのかという処方箋のみが必要とされるでしょう。

さらに、今は実験的な存在にすぎないモバイル機器のアシスタント機能は、近い将来、ユーザーの生活全般をサポートするより高度なAIアシスタントに変貌することでしょう。このとき、各製品やサービスの問題解決処方箋が、高度なAIアシスタント機能に適合しているかどうかは、製品やサービスの死活問題になりかねないかもしれません。

一方で、その処方箋をどのように作成するのか、何を基準に製品やサービスの適切な使用方法を規定するのか、今当たり前のように行っているこれらの作業が一段と難しくなるものと思われます。なぜならば、状況としてはマニュアルは不必要になるのに、処方箋を記述するには明らかにマニュアルを作るノウハウをベースとした工夫が必要となるからです。

読み手に向き合った個別のサービスとして試行錯誤をくり返して得られるマニュアル作成の知見は、今後も潜在的には必要と思われますが、今しか得られないのかもしれません。